作成日 : 2009-03-11 14:51|HIT : 6526
詩経

文学の出現は文明が高度で発展した事を証明する重要な根拠である。 B.C. 7世紀中国では詩歌総集である詩経が出現した。詩経には歴史詩、風刺詩、敍事詩、恋歌, 民歌、 鬚iフ、 労動歌謡まで入っている。この詩経は一人が創作したのではないが古代ギリシアの著名な <ホーマー歴史詩>より数百年間も先にできたのである。

詩経は中国歴史で初めての詩歌総集として西周初期から春秋中盤まで約5百余年間の詩歌305編が収録されている。詩経は風、雅、頌の三部で分けられているが <風>は 15個諸侯国の160余りの民間歌謡を収録して<雅>は朱王朝都邑近所の105個の楽歌を<頌>は国王がお寺で祭祀を執り行なう時使う先祖の功績と鬼の違令を称頌する楽章である。 <頌>には祭歌、賛美詩など40編が入っている。

形式から見る時 <詩経>は主に四言詩でたまに2言、3言、5言、 6言, 7言、8言の形式になっている。 これと同時に折ると,双生,接潤語などを使うのでこの文学作品が多様で朗読する時にリズムと強い音楽性があるように見えた。


内容から見る時 <風>は詩経の主題である。 こんな詩歌らは民間から来たものであんまり整えられなかったので民家の美しさ単純さを誇示した。<風>の中の作品は普通労動者たちの真実の生活を見せてくれた。 言わば美しくて円満な愛に対する青春男女の志向と追求を見せてくれる (関?)と <ツ出其東門>、奴隷主に対する奴隷たちの質問を伝達する <伐檀>、<碩鼠>戦争に関する <揚之水>、<君子于役>などである。

<詩経>の著者成分は非常に複雑である。もし詩文に出る著者の身分をそのまま認めたら詩の著者の中には労動者と兵士がいるかと言えば多い 士大夫と君子階層の人物もいる。士大夫はその当時貴族たちの中で一番低い階級で君子は貴族に対する汎称になる。 この以外に身分を確認することができない多くの人物たちもいる。

<詩経>に入っている作品の元々用途は3種がある。 一つはさまざまな慶祝行事の一部分として人々が詠ずるようにするもので二番目は娯楽用で三番目は社会と政治問題に対する作者の見解を示すものである。
しかし後で来て <詩経>は徐徐に貴族教育の文化教材になった。 <詩経>を勉強することは貴族弟子たちの必須な文化素養になったし中国で一番重要なの経典中の一つになった。 こんな教育は言語を美化する役目がある一方特に社交場所で <詩経>は人々によって自分の意思を表現する時に引用された。<論語>に記載した孔子の言葉によれば <詩経>を学習しなければ人と話する事も出来ないほどであると<詩経>にとても高い地位を与えた。

総体的に言って <詩経>は輝く中国文化の手始めで悠久な中国文化発展の表示である。 <詩経>には労動と愛情、 戦争と兵役、抑圧と反抗、風俗と婚姻、祭祀と宴会、はだしくは天上、動物、植物など中国早期ソーシャルライフの色々側面の内容が入っている。
<詩経>の言語はB.C. 11世紀からB.C. 6世紀までの漢語概観を研究する時に一番重要な資料である。

コメント : 0
  • 目次
  • 前へ
  • 次へ
  •  
    読みランキング
    1/3
    おすすめランキング
    1/3
    人気ランキング
    1/3
    Photo
    1/3