作成日 : 2008-07-30 23:57|HIT : 5330
オリンピック盛鼎と中国の鼎文化

"オリンピック盛鼎"は 2008年北京オリンピックの代表的青銅礼器として国際オリンピック史上初めて出現した 鼎(昔の食べ物を煮る事に使われた釜)でもある。
この鼎の図案には黄河文化、伏羲文化、馬家窯文化、シルクロード文化と宇宙飛行文化の五大文化が含まれている。
 "オリンピック盛鼎"は高さが 2.9m, 周りが 2.008mになっているがこの数値は 2008年北京第29回オリンピックを象徴する。 "盛鼎"の上にある二つの耳は両方へ少し開けられているのにこれは中国で両腕を開けて世界各国の運動選手たちを歓迎して北京オリンピックのスローガンである "一つの世界一つの夢"を実現するを象徴している。

中国で "鼎"は文明の象徴で文化の媒介物でもある。 普通 "鼎"は三つ足の円型鼎と四つ足の四角鼎の二つに分ける事が出来る。
またはセットになったり、模様の大きさによって配列した鼎もあるが個数が異なる事によって異なる身分の等級を代表したりもする。

鼎は中国文化思想の中にずっと特別な地位に置かれているし中華民族は 5000余年間の文明史の中で豊かな 鼎文化を育てて来た。
商,周時代のに至って青銅器製造技術の発展といっしょに人類の生産力進歩は新しい段階に立ち入り、青銅鼎が出現するようになった。
青銅鼎の出現した後に鼎の用途は神霊に祭祀を執り行なう時の祭器でも使われるようになった。 祭祀を執り行なう時は豚,牛,羊など家畜を捕って青銅鼎に入れて煮って神霊に捧げるがこれは天帝に福を祈る一種の形式だった。

その時代の鼎は神様を代表して "神聖"の意味を持っていた。 一方奴隷社会で貧富の差がひどかった時代に鼎は個人が所有できる物ではなかったので鼎は特権の象徴でもあった。
鼎はまた功績を代表する礼器でもあった。 周朝の王や大臣たちは盛大な儀式がある時は鼎を作ってその盛況を鼎に記載した。 ここで当時青銅鼎は既に社会文明の重要な表徴中の一つになったということが分かる。

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